相続対象の中に引き継ぎたくない財産がある場合には、相続を「放棄」するという手続きを取ることができます。相続を放棄する方法としては、「遺産放棄」と「相続放棄」という異なる2つの方法があり、正しく使い分けなければなりません。円滑な相続手続きができるよう、この記事を参考にしてみてください。
目次
遺産放棄とは?
遺産分割協議で法定相続分を譲ること
遺言などがない限り、相続財産は原則として法定相続分に則って相続人へ分配されます。具体的な財産の分け方は、遺産分割協議によって相続人全員で決めることになります。この遺産分割協議の場で「財産を受け取らないこと」や「別の人に自分の相続する財産を譲ること」を申し出ると、遺産放棄をしたとみなされます。
相続権は放棄していない
遺産放棄のポイントは、「個別の財産を相続する権利のみを放棄する」という部分にあります。相続権そのものを放棄するわけではないため、相続人としての地位は維持したままという扱いになります。この点については、後ほど詳しく説明します。
遺産放棄の手続き方法
遺産分割協議書を作成する
遺産分割協議を行った場合、一般的には遺産分割協議書を作成することになります。遺産分割協議書には、「どの相続人がどの財産を相続するか」などの事項が明記されるため、相続財産である預貯金や土地の権利を他の相続人や第3者に侵害されるなどのトラブルを防ぐことにつながります。
遺産分割協議書作成の必要書類
遺産分割協議書の作成に必要な書類は以下の通りです。
・被相続人が生まれてから死亡するまでの連続した戸籍謄本
・被相続人の住民票の除票
・被相続人の戸籍の附票(登記簿上の住所と死亡時の住所が異なる場合のみ)
・相続人全員の戸籍謄本
・相続人全員の住民票
・相続人全員の印鑑証明と実印
戸籍謄本は、本籍地がある市区町村の役所で発行してもらわなければならないため、現住所と本籍地が離れている場合は発行に時間がかかることがあります。本籍地まで取りに行けないときには郵送で取り寄せることもできますが、こちらも時間を要することには変わりません。戸籍謄本や住民票の取得は、スケジュールに余裕を持って始めておくようにしてください。
また、相続人の人数が多かったり、面識が無い人が相続人に含まれていたりするときには、相続人全員の書類を集めるのに手間や時間がかかる可能性があります。相続人の人数が多い場合は、早くから相続人全員に書類の準備を依頼しておくようにしましょう。
遺産放棄と相続放棄の違い
放棄できる期限
前述の通り、遺産放棄をしたい人は、遺産分割協議の場で主張をすることが必要です。そのため、「遺産放棄ができる期限=遺産分割協議を行わなければならない期限」ということになります。しかし、遺産分割協議を行う期限が法律などで決められているわけではないため、10年以上遺産分割協議がなされないケースもあります。
ただし一般的には、相続税の申告・納付の期限である「死亡したことを知った日の翌日から10カ月以内」に遺産分割協議を行うと、相続をスムーズに進めやすくなるとされています。遺産分割協議によって相続人それぞれの相続税額が明らかになる他、預貯金や不動産の名義を被相続人から相続人へ変更することが可能となるためです。
また、遺産分割協議は相続人全員の同意が必要であり、時間が経つほど全ての相続人とコンタクトを取ることが難しくなるという側面もあります。遺産分割協議は急いで行わなくても罰則があるわけではありませんが、早めに実施することで相続にかかるトラブルを未然に防ぐことができるかもしれません。
一方、相続放棄については「自己のために相続があったことを知ったときから3カ月(熟慮期間)以内」に放棄の意志を決める、と定められています。相続する財産の状況が不明であった場合などは、家庭裁判所への申し立てによって熟慮期間を伸長して貰えることもありますが、伸長期間は一般的に1~3カ月程度です。いずれにしても、相続放棄を希望している人は速やかに手続きを進めるようにしてください。
手続き方法
遺産放棄は遺産分割協議で主張さえすれば効力が発生するため、特別な手続きは必要ありません。しかし、後のトラブルを防止するためにも、遺産分割協議書を証拠として作成しておいた方がよいでしょう。
対して、相続放棄とは「相続人という立場そのものを放棄すること」です。そのため、家庭裁判所に申述書を提出して、しかるべき手続きを行う必要があります。申述先は「被相続人の最後の住所がある地を管轄する家庭裁判所」となります。
遺産を放棄する効力
遺産放棄においては、相続財産の中に消極財産があった場合でも拒否することが難しいとされています。たとえ放棄を主張しても、債権者からの返済の請求があれば応じなければならないためです。
しかし、相続放棄の手続きをしたときには、「そもそも相続人では無かった」という扱いになります。そのため、積極財産を受け取る権利を失う代わりに、消極財産を引き継ぐ必要もなくなるのです。
遺産の一部の放棄
遺産放棄の場合は、個別の遺産に対して相続するかしないかの主張ができるため、相続へ柔軟に対応することができると考えられます。
相続放棄をした場合、相続人は相続する権利自体を失います。そのため、「本来であれば相続放棄をした人が相続する予定であった財産を、他の相続人が相続する」という事態が発生することになります。相続放棄をする際には、他の相続人の相続分に影響が出る可能性について覚えておく必要があるでしょう。
どちらを選ぶべき?
多くのケースは遺産放棄
相続人の間でスムーズに財産を分割したいときには、遺産放棄が選ばれる傾向にあります。必要に応じて遺産放棄をし、そのことを遺産分割協議書に記しておけば、後のトラブルも起こりにくくなります。消極財産がゼロである、もしくは額が大きくないというときには遺産放棄を選択し、「財産ごとに相続するかどうかを判断する」というのがよい方法かもしれません。
負の遺産が多いときは相続放棄
消極財産が多く返済が難しいと考えられる場合などには、相続放棄をして返済義務を免れたほうがよいケースもあります。しかし、誰にも告げずに相続放棄を行うと、消極財産が他の相続人へ引き継がれてしまう可能性があります。相続放棄を知った他の相続人が消極財産の相続放棄をしたくとも、熟慮期間(相続を知った日から3カ月)を過ぎてしまえば不可能となってしまいます。
結果として「他の相続人に消極財産の全てを背負わせてしまった」という事態にならないよう、相続放棄を検討している人は他の相続人にもその旨を伝えておくことが大切です。
まとめ
遺産放棄と相続放棄では、効果や手続き方法、期限などが異なります。誤った手続きは自分の不利益となるだけでなく、他の相続人にも損害を与えてしまうことになりかねません。相続は誰もが当事者となる可能性があります。いざという時に慌てることのないよう、遺産放棄や相続放棄についてきちんと知っておきましょう。